名古屋芸術大学・碧南市芸術文化ホール共催 「トーンマイスターワークショップ 2016 」を開催いたしました。
概要
名古屋芸術大学サウンドメディアコースでは、「音楽制作」「録音」「音響」 の 3つの分野を教育の柱とし、クリエーターやエンジニアの育成をしていますが、録音教育の分野では、ドイツの音楽大学で長年行なわれているトーンマイスター育成の教育プログラムに着目し、2007年よりこれまで4回にわたり、ドイツ・ベルリンからトーンマイスターを招き、本来ベールにつつまれていることがほとんどであるクラシック音楽の録音の実際についてを学ぶワークショップを行ってきました。5回目となる今回もベルリンより、エバハート・ヒンツ氏を特別客員教授として招聘し、また、通訳は同じくベルリンで活躍するトーンマイスター、アキ・マトゥッシュ氏に担当いただき、素晴らしいアコースティックを持つ碧南エメラルドホールにて、「ピアノのセッション録音」をテーマとして7月2日(土)は学生のための特別講義として行い、7月3日(日)は公開講座として学生を始め、約30名の放送関係などのオーディオプロフェッショナルの方やピアノ調律師の方、音楽愛好家の方などの多数の参加をいただき開催させていただきました。2日間計14時間に渡り、ヒンツ氏の約40年の音楽録音のキャリアを振り返りながら、音楽録音の哲学、セッション録音の方法、ピアノの録音事例、マイクアレンジ、実際のセッション録音について、その考えや様々なアイデアについてを紹介いただきました。
音楽録音の哲学
録音はライブ録音とセッション録音の大きく分けて2つの方法があるが、その仕上がりで求められるものは、リスナーに演奏家の音楽について解釈やその表現が伝わり、(どれだけ編集してあっても) 一貫性がある演奏で、そのゴールはライブコンサートで素晴らしい音楽を体験しているような錯覚を得るような「作品」となる必要がある。そのためには、その音楽にふさわしいアコースティックをもった場所で録音し、素晴らしい品質をもった収録機器とマイクが必要で、どれが一つ欠けてもよい作品を創り上げることはできないという考えを紹介いただきました。
セッション録音の方法
録音は演奏家がもっとも演奏に集中できるようにさまざまな部分に配慮しながら組織する必要があり、特に、演奏家がホールに入った時にはすべての技術セッティングを終えている必要があるということ。また、演奏家がリハーサルをしている時に、マイクの位置を検討して、録音の時間がきたら、すぐに録音できるように、演奏家に技術や電気を感じさせない配慮をする必要があること。
また、ライブコンサートでは例えば1つの音が間違ってしまっても、その時生できいているだけであれば、人間の記憶からは消えていくが、録音では、間違ったままの演奏は、何回再生しても間違った演奏がきこえてくるので、作曲家が求めたもっともふさわしい演奏となるように、(必要であれば) さまざまなテイクを用いて編集していくべきである。すなわち、録音は1回だけするのではなく、トーンマスターが客観的な意見を演奏家に伝えながら、何回もテイクを重ね、「The Best Ofをつくる」必要がある、という本来はあまり語られることのない編集についても多く触れられました。
ピアノの録音事例
ヒンツ氏からはドイツ・シャルプラッテンの1968年ドレスデン・ルカ教会で行われたピアニスト ディーター・ツェヒリンのベートーヴェンピアノソナタの録音が紹介されました。この録音はヒンツ氏が入社する以前の録音ですが、当時の写真を見ると、天井からは布が垂らされ、ピアノはまっすぐ配置されず、また、ピアノの周りはついたてが設置されているのを見ることができました。これについてヒンツ氏は、この教会は豊かな響きがあるが、このベートーヴェンの楽曲としては、響きすぎるということで、天井からの布で吸音し、演奏者に本来より近い初期反射を感じさせることができるように、ついたてを設置したということでした。マイクは1本のNeumann SM2 XYステレオマイクと2本のGefell M93 無指向性マイクが組み合わされたとのことですが、録音はマイク配置や収録機材だけではなく、まず楽器がその音楽に求められたふさわしいアコースティックの中で鳴っているかということが大切であるとお教えいただきました。
マトゥッシュ氏からは2015年ベルリン・イエスキリスト教会でおこなった、ピアニスト 倉澤杏菜氏のブラームスピアノソナタの録音が紹介されました。この録音ではメイン、スポット、ルームの3つのマイクをセッティングしましたが、結果的には、メインマイクDPA4006のみでその音楽が表現できていたので、この2本のマイクのみを使用したということでした。またこの録音の調律を担当されたフィンケンシュタイン氏は、ピアノを何台も所有しており、その収録する楽曲にとってもっともふさわしいピアノを演奏家と共にチョイスして、一人で車に積み込み録音会場まで運搬し調律するということで、録音中もコントロールルームで楽譜をみながら、さまざなことに配慮し、気づいたことがあれば随時調律や調整をしていくスタイルでおこなっているとのことでした。ピアノ録音ではトーンマイスターのみではなくピアニストや調律師とのチームワークが大切であることという考えを紹介いただきました。
マイクアレンジ
現在のクラシック音楽のステレオ録音では、なぜ無指向性のABメインマイクが用いられるかを理解するために以下のように比較収録を行いました。
・A-Omni AB Stereo
・B1-Omni AB Stereo+ Spot (5msec DLY) + Room (Out of Phase)
・B2-Omni AB Stereo+ Spot + Room
・C-Cardioid AB Stereo
・D-Cardioid XY
・E-Cardioid ORTF
以下のリンクで比較音源をダウンロード頂くことができます。 尚、音源の権利は本学に帰属いたします。
44.1kHz 16bit Stereo WAV 259MB Download Link
実際のセッション録音
ピアニスト 戸田 恵氏を招き、ロマン派、近・現代といった時代の異なるピアノ曲を、「その音楽にとってもっともふさわしい録音作品」となることを目指したセッション録音を行っていきました。
録音の手順としては、最初にコンサートのように通したテイクを録音し、プレイバックをピアニストと確認しながら、曲についての解釈や表現についてのディスカッションをおこない、全体を通して演奏するのではなく、どのように切り分けて録音を行うと音楽的によいかを相談しながら決めていきました。その後は、箇所ごとのテイクを重ねていきながら、テイクごとにその演奏のリマークスを伝えていくという、音楽性を重要視したドイツトーンマイスターの王道的スタイルで録音されていきました。
編集
録音後は、DAW Magix Sequoiaで編集を行っていきました。ヒンツ氏のスコアには、録音が終わった時点で、この箇所はこのテイクを使用すると明確に明記されており、それに基づいて編集をしていきました。Sequoiaには、タイムラインに、In Source / Out Sourceのマークを入れ使用する素材を選択し、行き先をIn Destinationで指定しF9で編集を実行するという4 point cut editorがあり、これを使用しながら、各テイクをつなぎ合わせ、編集をしていきました。通常、異なるテイク同士をつなぐためには、Root-cosine/Equal Powerというクロスフェードを用い、同じテイクで音量を変化させていく場合はLinear / Equal Geinを用いることが説明されました。また、譜めくりなどの演奏以外のノイズをSequoiaのSpectral Cleaningで除去することについても紹介頂きました。
質疑応答
録音やトーンマイスターに対するさまざまな質問が多くの学生や参加者から寄せられました。ディザリングや、マイクについてなどのテクニカルな質問から、ピアノの譜面台についての質問、オーケストラの録音のプランニングや方法について、サラウンドの収録について、録音時の楽器の位置についてなど、さまざまな質問に対して具体的な例を紹介しながら、お答え頂きました。
本ワークショプの公開講座にお越しいただいたみなさま、この度はご参加いただきましてありがとうございました。
また、本ワークショプでは、碧南市芸術文化ホールさまを始め、株式会社シンタックスジャパンさま、ヒビノ株式会社さまからの機材協力とご支援をいただきました。ここに改めて感謝と御礼を申し上げます。
名古屋芸術大学
サウンドメディアコース
facebookページにも写真を掲載いたしました。ご覧ください。
機材協力をいただいた株式会社シンタックスジャパンのレポートもあわせてご覧ください。
名古屋芸術大学・碧南市芸術文化ホール共催 「トーンマイスターワークショップ 2016 」
日 時 2016年 7月 2日(土) 3 日(日) 10:00-18:00
内 容 ピアノのCDプロダクション
概 要 セッションレコーディングの方法とその哲学
録音事例の紹介
マイキングと機材について 無指向性 A-B Stereoと XY・MS・ORTFの違いについて
セッションレコーディングとディレクションについて
実際のセッションレコーディング
エディティング、マスタリングについて
まとめと質疑応答
機材協力 RME 株式会社シンタックスジャパン DPA Microphones ヒビノ株式会社
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名古屋芸術大学 音楽学部 サウンドメディアコース 特別客員教授
トーンマイスター エバハート・ヒンツ
Dipl.-Tonmeister, Guest Prof. Eberhard Hinz
1949年ドイツ生まれ。1965年-1970年 ライプツィヒ音楽大学にてヴァイオリンを専攻し、1970年-1975年 ベルリン音楽大学でトーンマイスターを専攻、卒業後 ドイツ・シャルプラッテン・ベルリン VEB Deutsche Schallplatten Berlin (ETERNA)にて数々の録音を担当。現在までにシュターツカペレ・ベルリン、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団、ベルリン放送交響楽団などの著名なオーケストラや、ソロアーティストの録音を担当。現在はフリーのトーンマイスターとしてベルリンを中心に活動し、ヨーロッパ各地で高い評価を得ている。 |
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通訳・トーンマイスター アキ•マトゥッシュ
Dipl.-Tonmeister Aki Matusch
2011年ベルリン芸術大学にてディプロム・トーンマイスターを取得。トーンマイスターとして各種レーベルの原盤制作や放送中継の分野を中心としながら主にベルリンで活動している。
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ピアノ 戸田 恵
4歳よりピアノを始める。兵庫県立西宮高等学校音楽科卒業後、渡仏。2012年6月、パリ国立高等音楽院ピアノ科併せて室内楽科、パリ・エコールノルマル音楽院卒業。2015年3月、名古屋芸術大学大学院音楽研究科卒業。2007年、第9回イル・ド・フランス国際ピアノコンクール第3位。 2011年7月、ブルガリア国立ソフィアフィル交響楽団のワークショップに参加、最優秀アーティストに選出される。2012年11月、ブルガリア・ソフィアにて、ブルガリア国立ソフィアフィル交響楽団定期演奏会にソリストとして招 待され、共演。 2013年、第10回シャトゥー国際ピアノコンクール(仏)第2位、併せて武満作品の演奏に対し日仏友好賞受賞。など、国内外で多数受賞。Official Web |
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Tonmeister トーンマイスターとは
トーンマイスターは、1949年よりドイツの音楽大学ではじまった、録音・音響技術と音楽的知識とセンスをもった、「音に関するマスター = Tonmeister トーン マイスター」を養成するトーンマイスターコースを修めた、音楽プロデューサー・ディレクター、バランスエンジニアの総称である。その教育は、音楽収録や中継において、「より芸術的な音楽の伝達」を行うために、録音・音響技術のみではなく、音楽の演奏や音楽理論を始め、管弦楽法、総譜演奏、演奏解釈批評など、演奏家と同等以上のスキルを身につける内容で、音楽収録・中継現場でのリーダーでありながら音楽家のパートナーとなるスペシャリストを養成することを目的としている。現在ドイツでは、ベルリン芸術大学とデトモルト音楽大学にトーンマイスターコースがあり、また、その他、オーストリア、スイス、イギリス、フランス、オランダ、デンマーク、ポーランドなど欧州の音楽大学でほぼ同様の教育がおこなわれており、欧州の音楽収録や中継の現場では、これらの教育を修めたトーンマイスターが活躍している。
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サウンドメディア・コンポジションコース ワークショップレポート
・公開講座トーンマイスターワークショップ 2016
・公開講座トーンマイスターワークショップ 2019
・公開講座マイクロホンワークショップ Focus on Drums 2020
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